1時間近くも坂道を登っただろうか。重いスーツケースのタイヤは悲鳴を上げ、目的地が現れないことに不安が募った。駅前にはタクシーがあると思っていた自分の甘さを悔やんだ。駅前の小さなレストランで、その荷物を持って歩くのかと聞かれた意味がわかった。
道路脇に修道院の表札を見つけたが、そこからも随分歩いてやっとコンクリート打ち放しの建物が見えてきた。完成は1960年ル・コルビュジエ設計によるラ・トゥーレット修道院。その四角い箱の上に形作られた鐘でかろうじて教会施設であることがわかる。
全体は礼拝堂、小礼拝堂、図書室、講義室、食堂、修道士個室群、回廊から構成される。礼拝堂の天井は何段かに高さが変えられ、大きくくり抜かれた円筒形の幾つかの穴から光が射し込んでいる。円筒内側にはル・コルビュジエ独特の色が塗られ、トップライトからの光が反射して礼拝堂の空気をつくり出している。礼拝堂の外は回廊である。一般的な外部にある修道院の中庭ではなく、ガラスで区切られた瞑想空間となっている。時の移ろいと共に、各所に置かれた長椅子にわずかに射し込む光が移動していく。ロマネスクの幾つかの教会、中でもル・トロネ修道院から多くの創造的影響を受けたと彼は語っているが、内部はシンプルな中に神聖な緊張感が漂う修道院である。この設計で協働したギリシャ出身のクセナキスは、その後世界的な現代音楽家として有名になった。
食堂で修道士と夕食を共にした後、修道士が使う個室に宿泊した。部屋は1.8m×6m。素朴な木の机とベッド、洗面台という最小限のものであった。ひとつの灯の下、静かな部屋に座り幸せな気分に浸った。翌朝、傾斜地の上に建てられた食堂からは、前日歩いてきた森や林が眼下に広がっているのが見えた。庭に出て建物をスケッチし、栗の実を拾った。
文章・スケッチ:田淵諭『光と祈りの礼拝堂』(教文館、2023)3章「旅とスケッチ 聖なる空間を訪ねて」より

