トゥルクはフィンランドの南西部に位置する港湾都市であり、中世以来1812年まで首都でもあった。ロシア支配の下、中心都市がヘルシンキに移り活力を失ったが、1930年頃近代建築の出現とともに注目すべき都市となった。その引き金を引いたのが、良きライバル関係にあったアルヴァ・アアルトとこの礼拝堂の設計者エリック・ブリグマンである。
暑い日本の夏からトゥルクに着くと、松林を抜けるひんやりとした風が心地よい。しばらく歩くと切り妻屋根の建物が現れる。外壁に付けられた十字架に気づかないと、通り過ぎてしまいそうな教会である。建物を1周してみる。南に面した横に広く開けられた窓。高いところにわずかに穿たれた窓。そして聖壇脇に開けられたステンドグラスの窓。何故これが名建築といわれるのだろうか、これは外部を見た時の率直な感想である。
玄関ホールのガラス越しに礼拝堂を見る。正面聖壇のシンプルな塗り壁に、透明から半透明までの無色のグラデーションでデザインされたステンドグラスを通して射し込む松林の光の揺らめきがあった。その光に導かれるように礼拝堂の中に入っていく。礼拝堂内は高いかまぼこ型の天井で、聖壇右から射し込む正面の明るさとは対照的に、開口部を低く抑えた南面の側廊のせいか会衆席はむしろ暗く感じる。上部に穿たれた小さな窓から入る光が、天井の曲面に刻々と変化する影を映し出す。正面聖壇には、鋳造で「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」を示す(ラテン語頭文字)INRIの文字の添えられた木の十字架が低く掲げられ、壁には蔦が這っている。中央には聖餐卓。説教台はわずかに浮いている。壁は質素な材料で造られ、聖壇すら他の壁と同じ塗り壁である。
会衆席に座っていると、礼拝堂いっぱいに光と影が揺れる。北欧の繊細な光の移ろいをデザインに活かしているこの礼拝堂が、名建築といわれる所以を理解することができた。
文章・スケッチ:田淵諭『光と祈りの礼拝堂』(教文館、2023)3章「旅とスケッチ 聖なる空間を訪ねて」より

