クリスマスから翌年のエピファニー(公現祭)にかけてイタリアを旅した時のこと。ミラノの町はどこもシーンと静まりかえり、日本のクリスマスの喧噪とは大きく違っていた。翌朝ドゥオモに向かい、広場の端に立ってスケッチ。その後、聖堂内を見学。最後はサーモンピンクの大理石の屋根を歩き回り、子どもの頃瓦屋根に登った喜びを再び味わった。
14世紀末、急速に勢力を伸ばしたミラノ君主ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティは、跡継ぎに恵まれるよう聖母マリアに捧げる大聖堂の建設を思い立つ。サン・ピエトロ大聖堂をめざし、1386年に起工。ヴィスコンティ公は子宝に恵まれたが完成を見ず1402年に没する。五廊式身廊、三廊式翼廊、周歩廊付き内陣、多角形アプスで全長158m、翼廊幅93m、全高108.5mの大建造物となった。重厚な双塔(鐘楼)を建てるフランスやドイツと違い同じゴシック建築でありながら、ギザギザと細い尖塔が建つ。五角形の西正面はイタリアを征服したナポレオンが突貫工事を命じ失脚寸前の1813年に完成させたという。
外観は金銀の細工が施された135本の尖塔、2,245体もの立像、最も高い中央尖塔の上には黄金の聖母像マドンニーナが佇む贅沢な装飾となっている。「アルプス以北の建築家が築いたゴシック建築の科学を、ロンバルディア地方の建築家は理解できなかった」「あらゆる傑作もどきの中の最たるもの」と酷評する人もいるが、他のゴシック聖堂とは違う独自の美しさに包まれた聖堂が、ミラノの町、ドゥオーモ広場の上に軽やかに建つ。
内部は北方ゴシック様式。52本の巨大な石柱が並ぶ礼拝堂は、薄暗く厳かな空気に満ちている。外観とは対照的な重々しい空間に驚く。その地下にはローマ時代の3つの聖堂の遺跡があるという。空中散歩に夢中になりこれらを見損ねたのは残念であったが。
文章・スケッチ:田淵諭『光と祈りの礼拝堂』(教文館、2023)3章「旅とスケッチ 聖なる空間を訪ねて」より

