ピサといえば「ピサの斜塔」が有名だが、斜塔のあるドゥオモ広場の素晴らしさはあまり知られていない。広場西側の駐車場に車を停め、高い塀に沿って賑やかな露店を横目に歩いていく。建物がどう見えてくるのか期待が頂点に達する頃、突然塀が途切れアーチの向こうに建物と緑の芝生、真っ青な空が現れる。洗礼堂、大聖堂、最奥にピサの斜塔が一直線に並び、左奥には墓廟が建っている。建物ボリュームと空間のバランス、見事な配置計画。視覚的演出。その美しさに足は止まり、「奇跡の広場」と呼ばれる意味がわかる。
ピサのドゥオモ広場では、ピサの繁栄を祈念して1064年に大聖堂、1153年に洗礼堂、1173年に斜塔(鐘楼)の建設が着手された。いずれも白大理石を基調に用いている。大聖堂は五廊式バシリカで、ラテン十字プランで建てられている。ロマネスクの平面、ビザンティンのモザイクタイル、アラベスク模様の壁面といった様式の混在が見られるが、これは当時の地中海沿岸のキリスト教とイスラム教の覇権争いの影響といわれている。
洗礼堂はシンプルな円形で、建設に200年以上を要したため1階部分はロマネスク様式、2階はゴシック様式の外観という不思議な組み合わせとなっているが、その外観の優雅さは秀逸である。洗礼堂内は高い吹き抜けの1層空間で、中間に回廊が巡らされている。円形の1階にはビガレッリによる大理石製の洗礼盤と、ピサ派の大彫刻家ピサーノ作の説教壇が設けられている。初期キリスト教で積極的に採用されていた独立型洗礼堂はやがて姿を消したが、中世のイタリアにおいては都市国家の権威の象徴として再び建設されるようになった。ピサにおいてもそれは例外ではなかった。
ピサの繁栄を示す巨大プロジェクトを通して、人々はどのような祈りを捧げていたのだろうか。身分に関係なくここに入ることができたのだろうか。広場を散策しながら思った。
文章・スケッチ:田淵諭『光と祈りの礼拝堂』(教文館、2023)3章「旅とスケッチ 聖なる空間を訪ねて」より

